自給農法研究会結成宣言
- 2005年4月 おいしいにて -
気軽に始めた家庭菜園。うまく作ろうと栽培指導書を読むとたくさんの手順や必要資材が書いてある。そこでホームセンターに資材を買いに走ると、新しい苗が入荷している。時期を逃してはならんと、ついつい買ってしまう。植え付けの間隔を確認しようと指導書をまた開くと、「○○に××肥料は元肥として絶対不可欠」と書いてある。そして畑からまたホームセンターに逆戻り。気付けばホームセンターの奴隷。でも手間を省くと失敗するかも知れない・・・。
−魂の不自由な栽培者の一例−
現代の農法は特定の目的のもとに形作られたものです。「狭い土地で規格の揃った見た目のきれいな作物をいかにたくさん収穫するか」。これが日本の農業の課題でした。労働効率を優先した結果、濃縮肥料が必要となり、その影響を矯正するために中和剤が必要になり、栄養過多の作物に寄ってくる害虫や病原菌を駆逐するために農薬が必要になり・・・。そんなイタチごっこの中で確立されたのが現代農法なわけです。
家庭菜園の目的を考え直してみましょう。「なるべく少ない投資で、少量多種の安全な作物を長い期間収穫したい」。これは先に挙げた現代農法の出自と根本的に異なることが明らかです。家庭菜園の本来の楽しみは、「自由」にあります。自身の感性と知識を総動員して独自の生命圏を創出することこそが大事なのです。しかし、これは現代農法を闇雲に否定することでは成し得ません。作物の生理とまわりの自然のリズムを真摯に学び、作物の生長を助ける「農法」の根本を理解してこそ、無駄な手間を省いた「自由で創造的な農業」が可能になるのです。それはジャズと似ています。コードやリズムの基礎があってこそ、自由で調和のあるプレイがあるのです。「自給農法研究会」は自由な農業を手にするための基礎を研究すべく結成します。
研究会はいくつかの原則に沿って活動します。1)再発見2)野生、3)脱八百屋です。「再発見」とは、栽培と食し方についての常識を考え直すということです。なるべく長い期間収穫することを目指し、作物の実だけではなく、茎や葉をおいしく食べるとなると、農法は自然に変わってきます。「野生」とは、作物の持っている本来の性質や生命力を最大限に活用するということです。「脱八百屋」とは、つまり野菜を買わないという決意に他なりません。なるべく沢山の品種が常に畑にあることを心がけるだけでなく、上手に保存することも含まれます。
この考えに従えば、気候がますます不順となっても、食物の価格の急騰に踊らされることはなくなります。舌を一時楽しませるだけの間違った「美食」ではない、「生命の育む本当の美食」を手に入れます。バイオテクノロジーと種会社が利益を囲い込もうとしても、丈夫な種を交換して栽培の自由と種の多様性を守ります。そう、自給農法研究会は、現代の多くの間違った流れへの小さなレジスタンスでもあるのです。我々は得た知識を積極的に公開し、種を交換し、遊び心を忘れず、自由と生命の尊重のため団結する同志を増やすため、自給農法研究会をここに結成するのです。